第一号 | 第二号 | 第三号 | 第四号 | 第五号 | 第六号 | 第七号 | 第八号


第一号・1999年12月20日

一館一芸のおもてなし
今年も、すばらしい出逢いを
たくさんいただきました。
あの日、この日の記憶をたどっていると、
新年への期待がふくらんできます。
ありがとうございました。


■女将の風信帖1
■ひとり旅の時代へー浅田裕久
女将 ここをつくりかえてから十五、六年になりますが、そのころ浅田屋さんに何度も足を運んで勉強させていただきました。ノートに参考にすべきことを二〇〇項目ほど書いたりして。
浅田/そうでしたか、恐れ入ります。あらやさんに何回かお泊まりさせていただいて、私がもとめている温泉だなあと感心しているんです。ゆっくりお風呂に入って、おいしい料理を食べて、早々と布団に入ってゆっくり休む。それが私の思っている温泉らしい温泉です。いわゆる団体客から個人客に変わってゆくということは、二〇年前からいわれていながら、温泉業界ではそれに対応する経営をしてきたかどうか。私の知る限りでは、けっしてそうじゃない。そして、今になって慌てて個人客に迎合するような姿勢の温泉旅館が多いように思いますね。
女将
  私どもは、ほんとの自然の温泉、沸かしてもいないし消毒もしていないし、その温泉に入ってもらえばいいということで勝負してきたんですが。結局、それもかなわぬことで、露天風呂もつくらなきゃならないようなことで、とても難しい時代になりました。
浅田/どこに線を引いていくかは難しいところですが、自分の姿勢を貫いて、お客様に慣れてもらう、親しんでもらう、感性を感じてもらうということが必要ですね。浅田屋を二三年前に建て替えた時、ちょっと早すぎたきらいがありましたが、全国ではそのあと、個人客に対応しようという同業者がドッと増えましたよ。いずれにしろ、お客様が何をもとめていらっしゃるかということ、それを最初に察知してあげることが一番大切じゃないかな。現実には、完全にというわけにはいかないことだけれども。
大根ずし
加賀の冬の味の代表的なものです。
土産品としては蕪ずしが有名ですが、庶民の味として大根ずしを好む人は多く、よく食卓にのぼる一品です。
女将  未熟ななかで、私どもの心意気を感じてもらっていることが一番励みになります。私の仕事は、志を高く持って、お客様にどのようなものを持って帰っていただけるかを考え続けていくことなんだなあ、と。で、この年になって、やっとお客様と普段着でお話ができるようになったように思います。それまでは、なかなか対等にお話ができなかったんです。
浅田/サービスというのは、お互いの感性のぶつかるところに生まれることですから、女将さんって、大変な仕事です。
女将
  この間もいわれたんですが、一回いらしたお客様の二回目の時は、なぜ「お帰りなさいませ」といわないんだと、お叱りを受けたんです。耳が痛くて、まだまだダメなんだと。
浅田/それが三回、四回と続くと、お客様の方から「ただいま」と入っておいでる。うれしいことです。常連さんは、やはり感性が合うんでしょうね。ほんとをいうと、私自身は宿屋が大嫌いでした。何で跡を継がなきゃいけないのかと思ったこともありました。でも宿命みたいなものかなあ、いつの間にか、少なくとも自分の代はキチンとやろうとね。何代もかかって、いろんなものをお客様からいただいていることに感謝しなければいけないと思っているんです。その意味で、先輩のあらやさんには、いよいよがんばってもらいたいですね。

浅田裕久あさだひろひさ
株式会社浅田屋 代表取締役
お袋と家内の間に入って、毎日、葛藤ですよ。女性同士はハッキリものをいいますし、それぞれの流儀がありますからね。サービスというものの難しいところです。いずれにしても、女将には、キカンところもなければいけないと思います。一人ひとりのお客様に合わせていけるだけの繊細さ、逆に迎合してはいけないという我儘さ。それから先天的な明るさとともに、芯の底に華やかさが必要です。
永井朝子ながいあさこ
あらや女将
うちの母はあまり物事はいわない人で、細かいことは教えてもらえなかった。見て覚えなさい、というわけです。そして子供が3人できて、ほんとにしんどかった。でも、それがまた貴重な思い出でもありますね。今は、長男が社長を引き受けてくれて、家族みんなで働けることが一番うれしいことです。
■私の加賀名所

■宿の朝/出島二郎(プロデューサー・金沢在住)
毎月、秋桜塾という女性専科のある研究会で山代温泉に出かける。夕方から深夜まで議論をたたかわせ、宿に帰る。超朝型人間の私も、この日ばかりは光とともに起きる。部屋の窓からの緑がいい。その緑の中を渡り歩く小鳥たちがいい。おはよう、オハヨウ、というわけだ。むろん、いつも顔をみせてくれるとは限らないが、彼らに出会った朝の神々しさよ。それから、ゆっくりと湯舟に入る。
「烏の行水」と家人に諌められている私にも温泉は別なのだ。とりわけ、あらやのお湯は、と思う。それに、旅人たちが出立したあとの誰もいない山代の名湯「烏湯」を独占する愉しみもある。千年も涸れずに沸き出る源泉の凄さ。自然の生命というものを、文字通り、肌に感じる小劇場にいて、私は勇気というものを教えられる。そして、貧しい想像力が動き出してくる。

日本海と河北潟に挟まれた寒村に育ったから、水辺が好きだ。魚や鳥に出会う渚が好きだ。とりわけ港町の匂いが。豪華客船ではなく小さな漁船の波止場の風景が好ましいと思う。すると加賀では橋立港となる。山代温泉から車で約二〇分。季節も天候も時間も問わない。北前船の根拠地・橋立は、いつ出かけても私に旅愁を教えてくれるのだ。そこには歴史という人間の叡知の風が吹いている。挫折や失墜の風も、また。
秋も終わりだった。友人と訪ねた港には、釣り人たちを堤防に見るだけで静寂につつまれていた。昼の港は眠っている。しかし、この停止した時間こそが港町の旅の醍醐味というものだろう。カニ漁が解禁となり、活気づく漁港の景色も大好きだが、今日は海の無言歌を聞いて帰るべきなのだ。
北前船の里資料館。ここは北前船主の栄華物語を知るには格好の場所である。江戸末期から明治中期にかけて殷賑をきわめた橋立、四二名の船主によって「日本一の富豪村」と記録されたその面影を土産とすることにしよう。大広間の柱の八寸角の欅、巨大な松の梁、秋田杉一枚板の大戸、一千坪の敷地と数多くの土蔵。それから展示されている小道具がおもしろい。船箪笥、遠眼鏡、和磁石、引札、古文書など二〇〇点あまりのモノたち。明治十一年、船主の一人、酒谷長平が建てたこの館から、野望に燃えた加賀人の声を聞くことができるのだ。
舗道がきれいになって、味気なくなったわ、と友人は嘆く。たしかに、と思う。建物や小径の修景はむずかしい問題だ。これは歳月というアーティストに委ねることにして、私たちは蔵六園に向かう。橋立に来ると、この庭を見ることが私の定番のメニューなのである。そして、山野草。この日、見事な美男鬘の赤い実が私たちを迎えてくれた。

■北前船の里資料館
加賀市橋立町イ乙一‐一 電話 〇七六一‐七五‐一二五〇
■蔵六園
加賀市橋立町ラ四七   電話 〇七六一‐七五‐二〇〇三

第一号 | 第二号 | 第三号 | 第四号 | 第五号 | 第六号 | 第七号 | 第八号


ページのトップへ↑
あらや滔々庵
〒922-0242 石川県加賀市山代温泉湯の曲輪 TEL(0761)77-0010(代) FAX(0761)77-0008
Copyright (C) 2004 Araya totoan. All Rights Reserved.