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第五号・2001年1月10

寒中お見舞い申し上げます。
白山連峰の雪景色が、新世紀の輝きにみちています。
今年も、みなさまとの出逢いを大切に、山代の源泉宿「あらや烏湯」の歴史を積み重ねていきたいと思います。


■女将の風信帖5
■酒蔵も旅館も土地の花/吉田外志雄
女将/手取川というのは、とてもいい銘柄ですね。石川を代表する川ですから、文字通り、お酒の方も、となって。それに、お酒は水が生命っていうでしょ。実際、うちではこのところ手取川の人気は凄いんです。
吉田/手取川というブランドは、明治3年から持っているんですが、かつて中曽根美樹の「川は流れる」という歌が大ヒットして、それは、「縁が流れる」に結びついて、結婚式につかってもらえないという時代もあったんです。手取川はもう氾濫することはないでしょうが、もしものことがあった時に、また別のブランドが助けてくれるかもしれない。という気持ちがあって、手取川1本に出来ないんですよ。ブランドというのは、時代を写す鏡で、何かの理由で傷ついたらどうにもならないから。
女将/怖いものですね、時の言葉というのは。だから、吉田さんには「翁の友」や「友白髪」という銘柄もあるんですね。
吉田/
コウバコガニ
冬の味覚の王者・カニは、その雄を山陰ではマツバガニ、北陸ではエチゼンガニやズワイガニと呼びます。雌も地域によっては呼び名が異なり、加賀ではコウバコ(香箱)と親しんできました。橋立港はカニ漁でも有名。近年は漁獲量も少なくなり、県境を超えて資源保護が求められています。
で、酒づくりには水も米も大事ですが、やっぱり人、蔵人のチームワークです。だから、蔵人の顔色・表情を読み取れなかったら蔵元はつとまらない。淋しげな顔をしている蔵人がいると、御飯の前にビールでも飲まんか、と励ますんです。なかには風邪をひいている蔵人もいるし、彼らの毎日の状態を、その雰囲気をしっかり見てやらなきゃいけない。
女将/蔵元とか蔵人とか、いい表現ですね。それで、杜氏さんというのは、どういう役割をされているんでしょうか。
吉田/杜氏は旅館でいえば板長ですね。今、新しい吉田蔵をまかせている息子が、会社の専務とか常務とかになるんじゃなくて、杜氏になりたい、と言ってきた時は非常にうれしかった。僕自身も法人の社長というより、蔵元にならなければいけない、それではじめて酒の世界でやっていけるんだと思いました。醸造には、そういう独特のものづくりの環境があります。現在、全国81社が加盟する「日本吟醸酒協会」の理事長をしていますが、その信念があったから、この協会を引っ張っていけるんでしょうね。企業の大小ではなくて、万石の蔵に対して千石のぼくが挑戦出来る世界があるんだ、と。しかし、かつて灘・伏見の大メーカーの真似をしていたころは、正直いって、とても怖かった。
女将/小さいのが悪いみたいな時代がありました。みんな浮足だって、無理をして大きくなるべし、というような。山代温泉だけではないけれども、そこから、私どもの仕事がおかしくなったんですよ。
吉田/もうそういう時代じゃない。小さくてもいいから、ドンドン地域の文化を発信してゆく。これが出来なかったら、ぼくも生きていけないし、旅館もそうだと思う。これだけ立派なハードがあり、接待のソフトもあるんですから、あとは加賀の特徴をもっと引き出してゆくこと。で、それが料理だと思うんです。
女将/確かにその通りです。自分の眼で食材を選ぶというような基本からやり直しで、うちでは、主人と息子が毎日、市場に行ってるんです。
吉田/それが生命線ですよ。市場へ行くと、食材が広くなって、それだけ料理にも深みが出て。お酒も、食物も、土地の花だと思うんですね。一年中、カニが出るんじゃなくて、この土地ならではの旬の食材を使ってもらいたいし、もっと家庭料理を見直してもいいんじゃないかな。たとえば、女将がつくった大根ずし、ナスの漬物、それからイワシやアジの干物が欲しいな。それは大きな旅館にもとめてもなかなか出来ないと思うんですよ。お酒についても、あらやさんだけの手取川をつくれます。貯蔵して熟成させるとね。
吉田外志雄よしだとしお
株式会社吉田酒造店代表取締役
吟醸酒は、ほとんど冷やす一方でしょ。それはいいんですが、もうひとつのこだわりとして、ぬる燗という世界があるんです。熱いお湯をお鉢にもってきて、湯煎みたいに。体温を少し上回る40度までの間へ、そこに独特の旨味があって、香りも逃げない。これは遊びですが、お若い方には冷たい飲み方、ご高齢の方にはぬる燗を、というのがぼくの提案していることなんです。自分が年がいったせいかもしれませんが。
永井朝子ながいあさこ
あらや女将
お酒は日本酒でもワインでも、私どもでつくったオリジナルのリストがあるんです。銘柄とともに、甘辛度の分類もして、みんなで飲み比べてつくりました。もっとおいしい地の酒を知ってもらいたいですから。で、手取川では「大吟醸名流手取川」の冷やが一番好まれますね。私どもの気持ちを多めに入れて、お出ししています。
■私の加賀名所
■雪の朝/出島二郎(プロデューサー・金沢市在住)
ゴムの長靴の底に、藁や古新聞を入れて、雪道を歩いた日がなつかしい。河北潟と日本海に挟まれた寒村の冬は、防砂林でもあった松林を渡る風が吠えていた。そのころ内灘砂丘は広くて深かった。雪が降り続いたあとだった気がするが、ある日、私は家の前で、野鳥を手づかみにしたことを覚えている。餌をもとめて里に降りた病弱な鳥だったにちがいない。しかし、その鳥にはしっかりとぬくもりがあった。
この数年、所用で毎月、京都に出る。JR北陸線の特急電車の旅の楽しみは、四季折々の白山連峰を眺めることにある。湖西線に入ってからは琵琶湖の風景であるが、いずれも冬がいい。そして、山も湖も、雪のある方がいいと思う。温泉の醍醐味も、また雪の季節にこそあるだろう。宿の朝、カーテンを開けると、新雪が庭の樹木をつつんでいる時などは、まさに絵のように、というわけだ。
柴山潟へは山代温泉から車で約15分。片山津温泉のあるところだが、この潟のほとりに立って、白山を見る。あいにく霊峰が雲に隠れた日であっても、その美しい山脈は充分に旅の眼の期待に応えてくれる。潟は渡り鳥たちの宝庫。カモやガンが遊び、小舟の漁師は寒の魚をとっているだろう。
雪の博士で知られる雪氷学者・中谷宇吉郎は片山津温泉に生まれた。昨年は博士の生誕百年。その記念切手が発売され、岩波書店から「
中谷宇吉郎集」(全八巻)も刊行中である。雪を冬の華とした博士の偉業が、ふたたび、この町に帰ってきたのだ。
加賀市の「
中谷宇吉郎・雪の博物館」は1994年に設立された。設計は磯崎新氏で、雪をイメージした六角塔3つが柴山潟に向かって配置されている。私は、この館に入るのは三度目だ。館内の模様は割愛するが、「雪は天から送られた手紙である」という博士の言葉は、この環境を象徴しているように思われる。仮に雪が降らない日であっても、冬の加賀散策は、ここから始めたい。
■中谷宇吉郎・雪の科学館
〒922-0411加賀市潮津町イ106、TEL:0761-75-3323、FAX:0761-75-8088

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