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第六号・2001年4月1日

一館一芸のおもてなし
今年のテーマは「和のあかり・陰翳礼賛」。
再生した離れ「有栖川山荘滔々庵」にて、
幻想的なひとときをごゆっくりとご堪能下さい。


■女将の風信帖6
■雨と影の金沢からー渡部純一
女将/やはり金沢に代表されると思いますが、石川県の特色というものは、どこにもっとも強く感じられますか。渡部さんが、これまで歩かれた東北や北海道の町と比較されて。
渡部/加賀の文化は、雨の文化なんだろうと思うんです。もちろん雪を含めて。降雨日数も降雨量も、全国でトップクラスですよね。北陸三県が上位を占めているんだけど。で、雨は水につながってくるわけで、いい水というのはいろんなものを作っていく。その一つに、おいしい酒を飲めるということもあるし。それから、雨というのは湿気でもあるんですね。
女将/その恩恵を受けて、食物も工芸も、また文学も生まれてきたんです。長雨が続くと、つい鬱陶しいとなってしまいがちですが、いろんな意味で豊饒な大地をつくってくれているんですよね。
渡部/たとえば漆が乾くというのは、普通、われわれは天気が良くて乾くと思うんだけど、あれはぜんぜん逆なんですね。湿気を取り込んで酸化することが乾くということ。それによってはじめて漆が強くなって、しかも独特の光が出てくる。まさにあれは湿気がないとできないらしいですね。それに雨の文化というのは室内の文化を育むと思うんです。伝統工芸に限らず、徳田秋声の文学も西
真鯛真子・筍・菜の花の炊き合わせ
真鯛の旬は4月から6月の産卵期で、特に桜の開花時期には「桜鯛」と呼ばれ、もっとも美味しいとされています。その真子を炊き上げ、筍、菜の花と盛り合わせました。冬の鱈真子とは一味ちがう春の香り。
また筍は、旬の間は山代南東の尾俣地区の地物を味わっていただいています。
田幾多郎の哲学も、そうじゃないかと。
女将/室内の文化ということでは、芸事や茶道が盛んなのも、その一例かもしれません。
渡部/それで、金沢には、結構坂がありますね。町に高低の差があるというのはいいんですよ。そこに影ができるじゃないですか。
影のない町というのはつまんない。だって、あらやさんの建物もそうじゃないですか。昔の日本家屋というのは、燭台とか行灯とかで光源が一つで、光が当たるところに影ができるところがある。すると、空間に別の顔ができるんですよね。今のように天井から光がいっぱいあたると、それができないんだけど。
女将/少し暗いかなと思うぐらいに、お部屋の照明には神経をつかいます。ゆっくりとくつろいでいただけるには、光と影の関係がとても重要だと思うんですね。
渡部/金沢の尾張町にある久保市乙剣宮は、泉鏡花が子供の頃に遊んだ場所だそうですが、あそこから茶屋街の主計町に下る坂を「くらがり坂」というんですってね。まさに、大人の不思議な世界がひそんでいる場所で、子供にとっては怖れと憧れみたいなものがあって。だから、その坂が泉鏡花の妖しげな世界をつくっている原点かなという気がします。今もその気配を感じることができて。
女将/そういう町の持っている風景を、この小さな建物の中で、どう表現できるかが、私たちの仕事だと思っているんですよ。
渡部/それは料理にも言えますよね。お膳は黒っぽいじゃないですか。什器も黒っぽくて、下が暗い中に浮かび上がる料理の色っていうのは極めて印象的です。また障子ひとつで柔らかくした光りが入ってきて、われわれをふんわりさせるところがあり、だから、日本家屋というのはおもしろいですね。
渡部純一わたべじゅんいち
読売新聞社北陸支社金沢総局長
海というのは、観光にとっても非常に大きな要素です。石川のデータブックを見ると、鮮魚の小売額は第一位ですよね。それだけいい魚が獲れていることで、日本海は、まさに豊饒の海だと思います。しかも、単に素材がすごいというだけでなくて、それに手をかけて出す時の勝負みたいなこと。そこに、もてなしの心があるんじゃないですか。われわれのところのヤツを、いかにいい形で食わせてやろうか、みたいなね。
永井朝子ながいあさこ
あらや女将
加賀は、海の幸にも山の幸にも恵まれているんですが、それをどのくらい活かせているか、不安になります。うちはリピーターの方が多いこともあって、同じお料理を出していいのかどうかとね。たとえば、ご夫婦でいらした方が、次にお茶の仲間と来られた時なんか、料理の内容をすべて変えた方がいいのか、などと。
■私の加賀名所
■加佐の岬/出島二郎(プロデューサー・金沢在住)
北陸線の加賀温泉駅に立つと、最初に眼に入る風景は白山連峰だろう。とりわけ冬の旅人にとっては、これは好ましい第一印象であり、快晴に恵まれれば、白山が迎えてくれるのだ。うれしいことに、私はこの冬、何度もその眼福にあずかった。毎週のように湖国近江に出かけていたからで、その往還の特急電車の車窓から、雪の白山を眺めていた。ひさしぶりに加賀路にしっかり雪が降ったこともあって、今は文字通り、山笑う景色を堪能しているのである。
ある日、宿を出て、海に向かった。友人の運転で加佐の岬へ。雪が断続的に降っていたころで、街中にも田畑にも積雪があった。風が強く、雨も降りだしていた。寒の海を見るには絶好の天候ではないか。私は暗い海が好きだ。とびっきり荒れた海が。岬におりる松林を歩いていると、ドカ雪で何本もの樹木が倒れていた。その傷跡が痛々しかった。
「動と静、たえまのない変化とつねに自己同一を保って変わることのない恒常性、そして生の歓喜と死の恐怖、こういった両極端を海は我々に思わせる。」
これは哲学者・故矢内原伊作先生のエッセイ集「たちどまって考える」の中の「海の思想」という短文から引いた一節である。私は、気持ちが沈むと、先生の書物に帰ってくる。そこには、石や風や光、あるいは川や森や山の思想がつまっているからである。今日は、むろん海の思想でなければならなかった。そして、加佐の岬では、死の恐怖に曝されていたのだ。「海底に吸い込まれそうですね」と断崖に立った友人の言葉が忘れられない。名も知らない海鳥が五羽、最先端の岩の上に止まっていた。なぜか、一家族にちがいないと思った。
加佐の岬に限らない。加賀温泉の旅路には日本海がある。地図の上で、鹿島の森、塩屋海岸、片野海岸、橋立漁港、尼御前岬へと南から北に走るコースをたどってゆく。いつかこの加賀海岸自然遊歩道を歩いてみたいと思う。すると、白山への道も、新しい表情をみせてくれるだろう。生の歓喜を倍増させてくれるだろう。
■国定公園加賀海岸
海岸線延長16.5キロ、面積1677万平方メートル。加賀海岸は千変万化の美しい自然のままの砂丘地形や海食崖をはじめ歴史を物語る史跡、豊富な文化財などが点在する国定公園です。その中でもっとも日本海に突き出した場所が加佐の岬。山代温泉から車で約20分です。

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