温泉

一時も絶えることなく湧き続ける源泉に身をゆだねる

山代の湯は地下わずか数十メートルから湧いている、全国的にも大変めずらしく貴重な温泉です。
中でも当宿の湯量は1日540石の約10万リットル(1石は180リットル)で山代随一を誇ります。
また泉質もとても素晴らしく、大正初期にドイツで開催された万國鉱泉博覧会で金賞を受賞、
世界的にも高い評価をいただきました。
その温泉を満喫いただけますよう趣の異なる3つの浴場がございます。
お時間による男女入替制ですので、一度のご滞在ですべてご利用いただけます。
創業時の半農半宿の頃から、藩主直々に湯番頭の命を受けた時代を経て、
今も昔と変わらず源泉かけ流しを大切にしております。

瑠璃光Rurikou

山代の温泉を守り続ける、薬王院温泉寺の本尊“薬師瑠璃光如来” から拝命しました。昭和30年代に作られたこのお風呂は、内湯を持たない宿が主な中、当時としてはまさに大浴場で、温泉好きの評判を呼び、以来多くの方にご入浴いただきました。檜の湯淵にヒバの壁板、湯の匂いとともに木の香りもお愉しみください。

  • 瑠璃光
  • 瑠璃光

原泉閣Gensenkaku

以前、山畔池泉式庭園の池があった場所にこの浴場はあります。昭和初期まで自噴していた当宿の源泉そのままにたっぷりの湯量が包んでくれます。
温泉縁起にまつわるアート作品の壁画とともに、当時に思いを馳せながらご入浴いただけると幸いです。

  • 原泉閣
  • 原泉閣

特別浴室 鳥湯

  • 特別浴室 鳥湯
  • 特別浴室 鳥湯
  • 特別浴室 鳥湯
特別浴室 鳥湯 特別浴室 鳥湯

薄暗い照明の黒い浴室内にたちこめる源泉のミスト。
温めと熱めに設定された二つの浴室には
交互に何度もお入りください。
源泉を五感で感じ取っていただける
メディティエーション・バスです。

成分分析表

泉質
ナトリウム・カルシウムー硫酸塩・塩化物泉
泉温
64度
浴用の主な効能
腰痛、神経痛、婦人病、美肌効果等
飲用の主な効能
動脈硬化症、糖尿病、高血圧症、慢性便秘等
烏湯伝説
北陸を代表する名湯、山代温泉の開湯は、神亀2年(725)。
温泉縁起には、霊峰白山へ登拝に向かっていた行基上人が、紫色にたなびく雲の方向へ向かっていくと、
一羽の烏(ヤタガラスまたは中国の3本足の霊鳥ともいわれています)が、水たまりで翼の傷を癒しているのを見つけ、温泉を発見したという逸話が残されています。
当館の源泉は、この烏湯伝説の泉であり、山代温泉発祥の湯元でございます。

さて温泉は発見されてからしばらくの間、主に農民や町民が田植えの泥落としや稲刈りの慰労などに利用していました。
しかし、後に温泉の本尊・薬王院温泉寺に法皇の直命によって七堂伽藍が建立されると、山代温泉と薬王院の名は全国的に広まり、 それ以降 明智光秀や加賀藩初代藩主・前田利家など、時の権力者たちも湯治に訪れるようになりました。
前田家の湯番頭
寛永16年(1639)、大聖寺藩十万石の初代藩主として加賀藩から分封された前田利治は、
以前から山代温泉に自らの特別な湯壷をもっていたほど、山代温泉を厚遇していました。
その利治から湯壷の鍵を預かる湯番頭の役目を与えられたのがあらやの初代館主、荒屋源右衛門です。
代々の藩主をお迎えする湯壷の鍵は、代々の館主によって大切に受け継がれ、現在の総湯が建てられた16代源右衛門(現館主の先々代)の時代まで、当館に保管されておりました。
湯の曲輪の歴史
文化末年(1817)の頃、山代にはすでに19軒の湯宿がありましたが、そのうち湯壷(内湯)を2つ持つのは、あらやのほか5軒だけでした。
当時あらやの湯元から総湯へ、総湯から各湯宿へ松ノ木をくり抜いた配湯管で湯をひいておりました。
そのため、総湯をぐるりと取り囲むようにして宿が建ち、街並みがつくられたのです。
このように湯を囲む湯の側の意味から、総湯周辺を「湯の曲輪(ゆのがわ)」と呼ぶようになり、
今も山代温泉の中心として多くの浴客を迎えています。